乳幼児の鉄欠乏

乳幼児の鉄欠乏

1歳前後のお子さんを、健診などで診察すると、足の親指の爪が反り返っていたり(スプーン爪)、一部は明らかに顔色が悪く(貧血)なっていることがあります。

これらは、全て鉄欠乏の症状の可能性があります。

どのくらいのお子さんが鉄欠乏状態になっているのか、日本では正式に調査されたことがないので分からないのですが、実感としてはかなり多いと思います。

もしかしたら、ほとんどがそうなのかもしれません。

 

診療所では、かぜで発熱が長引いて、こじらせている可能性があるときに採血検査をしますが、1歳前後の赤ちゃんの場合は、感染症に関連するデータの他に、貧血と鉄欠乏に関するデータを確認するようにしています。

足や指のパッチン採血で1滴血液を採取して、ヘモグロビンの濃度と、赤血球の大きさ(MCV平均赤血球体積)を確認すると、どちらの値も低く、この場合まず間違いなく鉄欠乏といえます。

強く疑われれば、先に治療を開始し、2週間後に今度は本当の採血検査を行い、鉄の状態をきちんと評価しています。

 

なぜ、1歳前後のお子さんに鉄欠乏が起こるのでしょうか。

これは、身体の急速な成長と、食事中の鉄分の不足が原因となります。

赤ちゃんは、ふつうは、かなり多量の鉄分を持って生まれてくるので、生後半年くらいはそれで守られています。

しかし、生後6か月を超えるあたりから、鉄欠乏が起こりはじめ、1歳頃にはっきりしてくるのです。

 

重度の鉄欠乏が長引く(3か月以上)と、貧血による脳の酸素不足や、鉄が必要な反応の低下などにより、貧血がなかった人くらべて認知機能が低下しており、しかも、成人になっても低いままであった、という研究もあります。

 

少し気をつけて治療するだけで防ぐことができるものが、知らない間に潜在能力を奪われる可能性があり、しかも気づかないというところが怖いですね。

 

1日あたりの鉄の必要量

1日あたりの鉄分の必要量は、乳児だと3~5 mg、小児ではだいたい8~10 mgと言われています。

 

身体に含まれている鉄分は、出生時0.5g身体に含まれますが、15歳で5gになります。

15年かけて、4.5g増えています。

これはだいたい1日あたり0.8mgずつ身体に蓄積していることを意味します。

(0.8mg×365日×15年間=4.38gとなります)

一方、からだの皮膚などの新陳代謝で脱落して失われる鉄分は1日あたり0.2 mgといわれています。

このため、失われた鉄分と、身体の成長に必要な補充分を合わせて1日あたり1mgが必要です。

 

食事中の鉄分が身体に吸収されるのは、10%未満といわれていますので、1日あたり、8~10 mg程度の鉄分が必要ということになります。

 

母乳・牛乳には鉄が足りない

母乳や牛乳中には、1リットル当たり鉄分が1mgしか含まれていません。

もっと少ないこともあります。

母乳では、お母さんが何を食べているかも影響します。

母乳栄養の数少ない欠点の1つであります

(もちろん、母乳栄養にはそれ以上にはるかに大きいメリットがあります)。

赤ちゃん用の人工乳には鉄分が十分量添加されています。

 

そのため、母乳だけで鉄分をまかなおうとすると、1日当たり3~5リットル飲む必要があります。

(できるわけがないですよね)。

ちなみに母乳中の鉄は、牛乳中の鉄よりも吸収が2~5倍良いといわれています。

赤ちゃんのためには合理的なのですが、それでも少ないのです。

 

急速な身体の成長による鉄の必要量の増加

3kgで生まれてきた新生児は、1歳頃になると9kgくらいになっています。

6kg増えているのですが、これは60kgの人が66kgになる(10%増)とは異なります。

60kgの人に換算すると180kg(200%増、3倍)に相当します。

このため、からだが必要とする鉄の量が非常に大きくなります。

たとえていうと、

10人家族が1人増えて11人分の食事をつくるのと、

10人家族が20人増えて30人分の食事をつくるのでは、

全く違うのと一緒です。

 

そのため、生後6か月過ぎになると、生まれてきたときに蓄えていた鉄分だけではおいつかなくなってきます。

 

1歳前後の鉄欠乏

身体の鉄分は、血液中の赤血球の中のヘモグロビンという色素に大部分が含まれています。

ヘモグロビンは身体の隅々まで酸素を運ぶ働きがあります。

生まれてきた赤ちゃんは、成人などに比べて、非常に血液が濃い状態で生まれてきます

(だから「赤ちゃん」というのでしょうね)。

そのため、生後6か月目くらいまでは、このときの貯金でヘモグロビン中の鉄分を再利用しながら何とかがんばることができます。

 

しかし、6か月を過ぎるころから、急速なからだの成長、離乳食がまだ十分とれず母乳がまだまだ必要、などの影響により、鉄欠乏を起こしてきます。

 

また、ミルク栄養の赤ちゃんの場合、牛乳蛋白に対する症状として、目に見えない程度の消化管出血を来たすことがあり(これは通常の1型アレルギーと異なります)、これにより鉄分が失われることもあります。

急速な発育により必要とされる鉄分が増える、母乳中の鉄分が少ない、人によっては目に見えない出血で失われる鉄分がある、などの理由で赤ちゃんは1歳頃に鉄欠乏に至ることが多いです。

 

鉄のもっとも大切な働きは、身体に酸素を届ける赤血球の中のヘモグロビンという色素の中心となる働きに必須となります。

鉄が足りないと、赤血球中のヘモグロビンが下がってしまい、酸素が運べなくなります。

また、その他にも細胞の中で生きていくためのエネルギーを産生する酵素であるサイトクロム(チトクロムと記載されている教科書もあります)という酵素の中心部には、鉄が含まれています。

このため、鉄が足りないと、組織の酸素不足やエネルギー不足が生じ、重度な場合、脳の機能が障害され、またこれは取り戻すことができないと言われています。

 

治療は鉄剤を数か月投与するのですが、一見何の症状もないこともあり、ずっと飲ませ続けることは苦痛に感じられることもあるようです。

赤ちゃんの発達を守るためですので、処方された場合は頑張って続けてくださいね。

ただ、この鉄欠乏は一過性のもので、一生治療をしなければならないということはありませんので、安心してください。

 

(参考文献)

Nelson textbook of pediatrics 20th ed.